放火で焼失!!菅原神社【菅原町】
以前紹介した我が家の近所の神社の一つ、菅原神社が、2月3日(火)未明に放火され、拝殿が焼失してしまいました・・・。
1枚目の写真は在りし日の姿の菅原神社です。
そして、2枚目の写真が焼失後の写真です。
拝殿が全焼してしまっているとともに、裏の本殿までは見ませんでしたがおそらくダメージを受けていることでしょう。
そして、手前の水屋には屋根があったのですが、それもなくなり、拝殿両脇の大きな木にもすすがついています。
神社入り口にある看板によれば、焼失した拝殿は、後ろの本殿より古く、昭和とは言え戦中の昭和16年に改築されたものでした。
犯人は、派遣切りに遭い、住むところが無く、神社内に忍び込もうとしたところ、鍵がかかっていて入れなかったためにむしゃくしゃしてライターで火をつけたそうです。
近隣の方によると、火柱がかなり高くまであがったようです。
不幸中の幸いで、風があまりなかったので周りのお宅とか妙善寺には影響が及ばなかったみたいです。
実は私、毎日川越駅に向かうのにすぐ横あたりを通ります。
事件直後の当日7時半頃にも通っていたのですが、全く気がつかず、夜になってインターネットのニュースで知った次第でありました。(気がつくのが遅くてお恥ずかしい。)
こう言ってはなんですが派遣という道を選んだのは自分、でも確かにバッサリ切られてしまったのは世界経済が傾いてしまっている昨今ではありますが不幸と思いますよ。
だからと言って、みんなが大事にしてきた神社、しかも将来にわたって大事にしていけばそれこそ貴重な街の財産となるもので、派遣切りとは何の関わりのないものを、自分勝手に燃やしてしまうなんて・・・。
同情の余地もありません。
事件から1週間となる今日(2月9日)ですが、2番目の写真の通り、未だそのままの状態です。
復興させるにも、いくら商店の多い菅原町でも出費がかさんで大変でしょう。
(ここ数年で山車を新しく建造しているし、その山車蔵も昨年建てているし。)
菅原町も元は旧仙波村の一角。
仙波町・富士見町等旧仙波村を構成する字町で協力してはいかがでしょうか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

その池のあとが山門の前の明星駐車場であり、その駐車場の北東の角に小さな祠があってその前に植えられている杉が明星の止まった老杉の代わりとなる新しい杉の木です。(写真の左端のほうにある木。)
この日喜多院では、縁日の初大師で、境内ではだるま市が開かれています。
正面には、凡字一文字と、その下に「観世音」と彫られていました。
二枚目の写真は裏から撮ったもので、逆光のために彫ってある文字がよく読めませんが、この石碑の左右の側面には、それぞれの行きつく先が彫られています。
霞ヶ関地区に行ってきました。
国道16号と国道254号(川越街道)が交わる新宿町(北)交差点を大宮方向へ2~300m行くと、左手に木の生い茂ったこんもりとした小山が見えます。
この古墳の上に祀られているのが富士浅間神社です。
社殿裏には小さな本殿が祀られていますが、この前には狛犬ではなく、小さな猿が鎮座し、守っています。
神社本殿の裏に行くと、まさに富士山を模した”噴火口”もあります。
元々は、1年以内に結婚した花嫁さんや生まれたばかりの赤ちゃんの初参りで、これから迎える夏の健康のためにあんころ餅や1組2本の団扇を買うという習わしのようです。
仙波愛宕神社を背にして国道16号線側を振り返ってみます。(一番目の写真)
富士見町交差点から20mぐらい北に、信号のない交差点があります。
仙波河岸史跡公園の仙波滝北側の崖は、公園ができてからしばらくは封鎖されていたのですが、最近になって崖を登っていく遊歩道が再び整備されました。
愛宕神社は、古代の古墳の上に建てられた神社で、別名:父塚と呼ばれています。
この愛宕神社で祀られているのは、防火の神様と病気の神様で、昔から特に「はしか」を予防してくれると言われています。
あと、神社の敷地の南東の角(仙波河岸史跡公園の崖の上)に、謎の石仏がありました。
仙波河岸へつながる切り通しを仙波小学校から仙波河岸方面に向って下り、富士見橋をくぐったところで道を左手に曲がると、旧仙波村の村社である氷川神社があります。
道から神社へは、階段がありますが、仙波河岸への道を改修した際に、水運に携わっていた商店が寄付して出来上がりました。
3番目の写真の右手に写っている手水舎の水桶(専門用語がわからない・・・)は安政年代に現・仙波町三丁目にある長徳寺というお寺の住職より寄贈されたと彫ってあります。
氷川神社の境内には、仙波町二丁目・三丁目・四丁目で所有している「仙波二郎安家の山車」が保管されています。
最近のコメント