神社仏閣

雀ノ森氷川神社・お焚き上げ【新宿町一丁目】

本日ちょいと情報を得て、川越駅を降りたら真っ直ぐ帰らず、いつもの東口とは反対の西口に出て、新宿町一丁目にある雀ノ森氷川神社に行ってきました。

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昔の埼玉県立川越図書館の南側にあります。

小学生だった頃、地元のボーイスカウト(小学生はカブスカウト)に入っていたのですが、月末の隊集会でここの集会所を使わせて頂いておりました。この神社の横はよく通るのですが、境内の中に入るのは小学生の時以来の30年ぶりくらいです。

流石に集会所は(恐らく拝殿も)何年か前に建て替えられて新しい建物になっておりましたが。

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その目的は、「お焚き上げ」でありました。

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行ったのは雀ノ森「氷川神社」、でもお焚き上げの看板に書いてあるのは雀ノ森「浅間神社」。

主たる社殿・拝殿が氷川神社で、よくある境内社が浅間神社なのでありましょう。

しかしすぐそばの富士見町に浅間神社があって、こちらには旧川越藩の領地と思われる地区の方々が奉納されたと思われる石碑等がありますので、川越周辺での富士講の主体はこちらかなと思っていたのですが。

富士見町の浅間神社のお祭り(7月13日の初山)に比べると少ないですが、出店もありました。

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雀ノ森氷川神社は、境内の東側から入り、境内の西側に社殿・拝殿があるのですが、その境内入口の鳥居の北側、境内の北東の角にちょっとした岩山があります。

これが富士山をあらわしているようです。

私が川越駅に着いたのが19時54分の東上線急行だったため、雀ノ森に到着したときには丁度神事がスタートしており、新宿町の各丁目の代表の方が富士講の白装束を身にまとい、この岩山に登り、祈祷をされておりました。

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その後、一旦山を降り、氷川神社社殿の横に仮に設置された浅間神社の前に座り、社殿に向かって祈祷。

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神社で祈祷をしたら、境内の真ん中に用意された薪の山の周りを取り囲み、これに火をつけ、「町内安全」等々書かれた紙を、「新宿町○丁目町内安全!!」というような掛け声とともにこの火の中に入れ、願掛けをされました。

子どもの頃からよく知っていた神社でありますが、こういった神事があったとは初めて知りました。

旧市街とはいっても外れの仙波小学区でもこういった神事がいくつもあるわけですから、川越市全体だと相当な数ありそうですね。

川越祭りのような巨大なお祭りではないにしても、それぞれのお祭りは地元に根付いているものでありますので、色々な人に知ってもらって、そして集まってもらえるようになると、旧市街だけでなく川越全体での盛り上がりにつながるような気もしますが。

そんな小さなお祭りでも、私が見る機会があったらここにアップしていきたいと思います。

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長松院と子育て観音【脇田町】

脇田町というと、川越駅のような人の集まる場所であったり、クレアモールのような商店街を思い浮かべませんか?

私の小学校時代の同級生で当時脇田町に住んでいる子の家は酒屋や家具屋を営んでいたりしてましたし、小学校に脇田町出身の先生がいたのですがその先生の家は今はビルになっちゃいましたけど山仁ストアというスーパーでしたし。

でも、一歩裏へ入ると、古くからここにお住まいの方々のごく普通の住宅もあったりします。

川越東武ホテルの北側あたりの、新富町二丁目との境目あたりがそうです。

先日本川越駅から川越駅方面に戻ってくるのに、この裏道を通ってみました。

その中にとても広い土地に平屋の大きな建物を発見。

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曹洞宗の、松平山長松院です。

こんなところにお寺があるとは知りませんでした。

このお寺、山号の「松平山」といい、お寺の名称の「長松院」(色々な方につけられていると思いますが、徳川幕府二代将軍秀忠公の養女も長松院というそうです。)といい、由緒正しいお寺なんでしょう。

脇田町の山車の人形が徳川家康なのも何か関係があるのでしょうか。

2結構すっきりとしたお寺で、敷地のほとんどが駐車場になっていますが、入口のすぐわきに、古い供養塔と比較的新しい六地蔵が安置されておりました。

この写真の向こう(長松院の道路を挟んで北側)をよく見ると、右から脇田町の自治会館の建物、脇田町の山車蔵(青いシャッター)、小さな社が見えます。

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失礼ながらこの小さなお社に近寄ってみると、額には「子育観音」と書かれておりました。

川越の伝説の一つで、乳母観音というのがあります。

昔、川越城の家老の奥方が我が子と添い寝をしていたところ、子どもが(確か窒息して)死んでしまったそうです。

ご主人がお勤めから帰ってきてそれを知ったらどんなお咎めをうけるかわからない、そこで奥方は子どもが死んでしまったのを女中のせいにしたそうです。

お勤めから帰ってきたご主人はそれを知って激怒、女中を責め殺してしまったそうです。

無実の罪で殺された女中はご主人と奥方を恨み、この二人を祟り、奥方はこの祟りに耐えられず、ご主人に本当のことを話しました。

そこで、長松院に女中の霊を観音様として祀り、女中の祟りを鎮めたそうです。

お話はざくっとこんな感じですが、その観音様がここにある子育観音と思われます。


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城主とともにやってきたお寺・光西寺【小仙波町五丁目】

喜多院の山門から南下していくと、仙波東照宮・中院と続き、第一中学校の手前にもう一つお寺が見えてきます。

1_2 光西寺というお寺です。

中院までは喜多院と出所を同じにする寺社ですが、光西寺は中院のお隣にあるものの、これらとは関係はありません。

元々は石見国浜田(島根県浜田市)で恵誓法師により開基されたお寺で、浜田藩の松井松平家の菩提寺になっていました。

5_2 松井松平家は、徳川家の親藩で、過去の功績が認められ、松平姓を名乗ることが許された家系です。

その松井松平家が、現在韓国と係争中の竹島を使って当時禁止されていた海外貿易をやっていたことが発覚し、外様であれば改易になっていたところを、親藩であったがゆえに、転封となり、陸奥・棚倉藩(福島県棚倉町)、そして川越に転封してkましたが、それとともに光西寺も移ってきました。

6_3 恐らくそれが縁で、川越市と棚倉町は姉妹都市となったのでしょう。

残念ながら川越に移ってきたのが幕末で、当初は南町(元町)の養寿院の門前にあった千手院を仮住まいとしていましたが、直後に明治維新となり、寺領をもらえず、大正末期に現在のこの地にお堂を建立したそうです。

境内には、その松井松平家の墓所があります。

2_2 お寺の東側には表門があります。

この門には様々な彫り物がなされています。

門の内側上部では、金剛力士が屋根を支えています。

3_2門の左右には、

初平が道士に会い神通力を得て仙人になり、羊を岩に変えて45年後に蘇生させるという、「黄初平」と、

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漁師と樵とが互いにその天分とする境遇について問答する「漁樵問答図」です。

これらは、光西寺が所有している掛け軸を彫刻にしたものだそうです。

藩主が代わると家来だけでなく、お寺も代わるんですね。

こういったお寺を、士族寺とかお伴寺というそうです。

境内には、大きな枝垂れ桜の木がたっており、季節には美しく咲き誇っています。

中院の枝垂れ桜は有名で、多くの人で混雑しますが、ここは結構静かですよ。

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八幡通り【脇田町・南通町・通町・新富町一丁目・新富町二丁目・松江町一丁目】

ちょっと前になります。

ゴールデンウィークの直前に、特に予定もなかったのですが、お休みが取れたので、雨の降る中、川越の街中をぶらぶらと散歩をしてきました。

一番じっくり歩いたのが丸広の裏通りである八幡通りです。

普段ここを通るとしても、自転車でさーっと通り過ぎてしまう程度ではあったのですが。

1  正確にはどこが起点かはよくわかりませんが、この日はアトランタビルの前からスタートです。

通りの入口には、ポケットパークがあります。

ここは、その昔には、駄菓子屋さんがあったのですが。

小さないすも置かれており、歩き疲れた時に、ちょっとした休憩ができます。

2 北に向かっていくと、最初に気になったのが、通りの右側にある「VANITOY BAGEL」です。

今、市内で評判のベーグル屋さんです。

本店は幸町にあって、そちらではカフェも併設してますが、ここはTAKE OUT専門です。

元々は、ダ・カーポというレコード屋さんがあった場所です。

3 さらに進んでいくと、毎度おなじみ、八幡通りの名前の由来にもなっている、川越八幡宮があります。

4月も下旬となっていたので、以前宮司様からお教え頂いた桜も既に散っておりましたが、新緑の葉が青々としてきれいでした。

これから、子ども相撲であったり、茅の輪くぐりなどの祭事が行われていきます。

4 川越八幡宮参道の前には、陸王商店というお店があります。

この日は、時間が早かったのか、それともお休みの日なのか、営業はしていませんでした。

昔からやっておられる古物商で、様々な古いものを売ってます。

5 さらに進むと、有名な「ひびき」があります。

東松山名物のやきとり(やきとりといいつつ、豚のかしら肉と辛味噌だれのやきとん)のお店です。

土日の夕方とかは、行列していることもあります。

6_2 そのお隣に、小さなお菓子のお店がオープンしてました。

「野里」というお店です。

焼き菓子の専門のようですね。

母の日に向けての陳列になっていましたが、おいしそうです。

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そして、丸広の前にくると、黄色い建物が。

珈琲工房楽です。

ここも昔はレコード屋さんだったのですが。

喫茶店ではなく、世界から取り寄せたコーヒーの生豆をお客の好みに合わせて焙煎してくれる、コーヒー豆を売っているお店です。

8 丸広を過ぎると、マンションの一角に、島崎藤村ゆかりの地の碑があります。

島崎藤村の奥さんであった加藤静子という方の実家があった場所です。

9 本川越駅から東へ向かう東照宮中院通りを渡ると、鑑山酒造跡地の裏口前にあるのが関口人形店です。

埼玉で人形というと岩槻や鴻巣が有名ですが、川越にも数件あり、ここはその一つです。

丁度このころは、5月5日の子どもの日に向けて五月人形を取り扱っていました。

10 通りの終点にあるのが、木下製餡所です。

前に三久保町の製餡所を紹介しましたが、こちらでもあんこの製造直売をしてます。

さすが和菓子店の多い川越、和菓子に必要なあんこを作っている工場も多いです。

11 そして最後に通りの突き当たり、正面に大きなイチョウの木が2本見えます。

出世稲荷です。

2本のイチョウの木が参道を挟むようにたっています。

川越市内で最も大きな木だそうで、市の天然記念物にしていされています。

というところで、八幡通りの旅は終了。

他にもいろいろなお店等があったりしたのですが、また別途。

いつも何気なく通り過ぎてしまうところをゆっくりと見てみるのもよいものでした。

(この日はこれでまだお昼ぐらいだったので、雨のなかさらにぶらぶらと徘徊していたのでした。)

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松並木の奥に佇む鴨田八幡神社【鴨田】

いつも川越運動公園へ行くと気になるところがあったので先日その帰りがけに車を止めて寄ってみました。先日といっても、2か月以上前の1月2日ですが・・・。

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伊佐沼をぐるっと周るように道路が通っていますが、その東側に走っている道路、ここから東へ向けてつながる松の並木があります。

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松の並木をくぐりぬけると、その先には立派な拝殿がありました。

これが旧・鴨田村の村社でもある鴨田八幡神社です。

1458年に、太田道灌が河越城の鬼門鎮護のために勧請したと言われている、歴史のある神社です。

この他境内には、冨士塚を始め、色々な境内社も祀られていました。

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拝殿の裏には大きな屋根の下に小さな本殿が納められています。

18世紀後期・江戸時代の造営だそうです。

川越市内にある他の神社のこの頃のものは、物語性を持った彫刻がなされているのだそうですが、この本殿の彫刻は動植物等が主で、人物は無く、他とは違うようです。

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2010年元旦の川越八幡宮【南通町】

昨年Blogの更新をさぼりすぎたので、今年は(今のうちは)まめに。

ということで、我が家の毎年恒例の初詣は川越八幡宮です。

初詣だけでなく、何かあると川越八幡宮ですね。

昨年秋にも、三番目の子どもの七五三で、お世話になりました。

川越総鎮守でもあり、小学校の学区内の神社であり、思い起こすこと約25年前にはボーイスカウト(高校生なのでシニアスカウト(当時名称))の奉仕活動で大晦日から元旦にかけて参拝客にお神酒と甘酒を配っていた、なんていうところからでしょうか。

20101 そんな川越八幡宮ですが、年々元旦の参拝客が増えている気がします。

十年くらい前に一番目の子どもを連れてきた時は、車でさっときて、そんなに並ばず、すぐにお参りをして帰ったものでした。

大晦日から元旦にかけての夜中は、先着何百名かに記念品を配っているために大行列でしたが、今や元日午前中も大行列であります。

今年にいたっては、本殿から東に向かって2つの鳥居があるのですが、参拝の順番待ち行列は2つ目の鳥居の先まで列がつながっておりましたし、車も川越街道の参道入り口にあるラーメン屋:近喜屋のところまで駐車場の空き待ちで連なっていました。

川越駅にも近く、クレアモールといったショッピング街にも近く、便利なところに位置していますので、たくさんの方が参拝にこられるのかもしれませんね。

川越八幡宮は、初詣だけでなく、我が家のように七五三のお参りもあります。

また境内には様々な木々があって、3月から4月にかけてなんかは、垂桜がきれいです。

それから、境内には足腰健康の神様である民部稲荷神社もあることからだと思うのですが、6月には子ども相撲大会なんかも開催されます。

茅の輪くぐりなんかもやっていたような。

丸広の裏通り・八幡通りからも参道がありますので、買い物がてら、ぶらっと寄ってみては如何でしょうか。

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喜多院初大師とだるま市2010【小仙波町一丁目】

2010年となりました。

昨年は、PCが壊れたり、やっと直せたと思ったら、写真ファイルを全て保存していた外付HDDが壊れてしまったり、と、泣けてくることばかりで、このBlogをほとんど更新せぬまま終わってしまいました・・・。

(どなたか、リーズナブルな価格でデータ復旧をやってくださる業者さんをご存じないですか??)

今年はどんな年になるやら。

例年お正月は、0時と同時に地元の仙波氷川神社でお参りをし、ひと眠りしたところで午前中に川越八幡神社にお参りします。

が、大みそかに飲みすぎて爆睡し、仙波氷川神社には行けませんでした・・・。

と、2010年初めからどたばたしておりましたが、本日1月3日は毎年の喜多院だるま市に行ってまいりました。

周辺道路は朝から混雑しておりましたが、我が家は今年は夕方のだるま市であったことから、参拝客もだいぶ少なくなっていましたし、だるまもかなり売れていました。

20101 まずは昨年買っただるまを納め所に納め、

20102 山門を入ってすぐ右手の、毎年購入している、「今井だるま」さんで、いつものサイズのだるまを購入です。

写真だと見にくいですが、真ん中やや右の、肩のあたりにライトがきていてマスクをしているおじさんからいつも買ってます。

最初1500円と言われただるまを1000円にして頂きました。

今年こそいいことがたくさんあるといいですね。

Blogの更新も頑張ろう。ほんときまぐれになってしまった・・・。(反省)

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放火で焼失!!菅原神社【菅原町】

以前紹介した我が家の近所の神社の一つ、菅原神社が、2月3日(火)未明に放火され、拝殿が焼失してしまいました・・・。

3 1枚目の写真は在りし日の姿の菅原神社です。

6 そして、2枚目の写真が焼失後の写真です。

拝殿が全焼してしまっているとともに、裏の本殿までは見ませんでしたがおそらくダメージを受けていることでしょう。

そして、手前の水屋には屋根があったのですが、それもなくなり、拝殿両脇の大きな木にもすすがついています。

7_2 神社入り口にある看板によれば、焼失した拝殿は、後ろの本殿より古く、昭和とは言え戦中の昭和16年に改築されたものでした。

犯人は、派遣切りに遭い、住むところが無く、神社内に忍び込もうとしたところ、鍵がかかっていて入れなかったためにむしゃくしゃしてライターで火をつけたそうです。

近隣の方によると、火柱がかなり高くまであがったようです。

不幸中の幸いで、風があまりなかったので周りのお宅とか妙善寺には影響が及ばなかったみたいです。

実は私、毎日川越駅に向かうのにすぐ横あたりを通ります。

事件直後の当日7時半頃にも通っていたのですが、全く気がつかず、夜になってインターネットのニュースで知った次第でありました。(気がつくのが遅くてお恥ずかしい。)

こう言ってはなんですが派遣という道を選んだのは自分、でも確かにバッサリ切られてしまったのは世界経済が傾いてしまっている昨今ではありますが不幸と思いますよ。

だからと言って、みんなが大事にしてきた神社、しかも将来にわたって大事にしていけばそれこそ貴重な街の財産となるもので、派遣切りとは何の関わりのないものを、自分勝手に燃やしてしまうなんて・・・。

同情の余地もありません。

事件から1週間となる今日(2月9日)ですが、2番目の写真の通り、未だそのままの状態です。

復興させるにも、いくら商店の多い菅原町でも出費がかさんで大変でしょう。

(ここ数年で山車を新しく建造しているし、その山車蔵も昨年建てているし。)

菅原町も元は旧仙波村の一角。

仙波町・富士見町等旧仙波村を構成する字町で協力してはいかがでしょうか。

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喜多院の七不思議・明星の杉と明星の池【小仙波町一丁目】

前回に引き続き、だいぶ時間が経ってしまいましたが、お正月三が日に見つけた場所のご紹介を。

喜多院山門を出て左手に、駐車場があります。

主に喜多院へ参詣する方々に使われております。

その名に「明星」というのがつけられています。

その昔、尊海僧正が勅命で関東で仏教を広めるために京都から牛車に乗って来たところ、小川にかかる橋のところで止まってしまい、これは何かあるかもしれないと思ってその場に留まりました。

するとその晩、近くの池の中から光が輝きだし、それが空に舞い上がって明星となり、その明星が老いた杉の木にとまりました。

尊海僧正はこれは何かあるかもしれないと思って調べたところ、この地がかつて仙芳仙人や慈覚大師が修行した場所であったことがわかり、ここにお堂を建てました。

1 その池のあとが山門の前の明星駐車場であり、その駐車場の北東の角に小さな祠があってその前に植えられている杉が明星の止まった老杉の代わりとなる新しい杉の木です。(写真の左端のほうにある木。)

なんか、よく個人で庭にお稲荷さんとかをお祀りしているお宅がありますが、この祠、今までずっとそんな感じの祠だと思ってました・・・。

また、喜多院の山号を星野山(せいやさん)と呼びますが、これも明星が輝いた場所からです。

あちこち調べると、光が輝きだしたのが池でなく井戸というのもあるようですね。

もう間もなく喜多院では節分会がありますので、その機会に訪れたらここにも足を向けてみてください。

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喜多院の初大師とだるま市【小仙波町一丁目】

もう間もなく年が明けて、2009年を迎えます。

皆さんは、初詣はどちらに行かれますか??

我が家は、1月1日0時とともに、近所の仙波氷川神社にお参りし、一眠りした後、お昼前ぐらいに南通町にある川越市総鎮守の川越八幡宮にお参りします。

ホームページを見ると、宮下町の川越氷川神社も川越総鎮守というくだりがあるのですが、どっちが本当の総鎮守なんでしょ??

祀っている神様が違うだろうから、両方とも、ということでしょうか。

以前は、元日に限りお守りが頂けるというので初雁公園の三芳野神社やその近くで川越城富士見櫓跡の御嶽神社、鐘をつける中院や連繋寺、等々にも行ったりしていました。

ある程度の寺社になるといろいろな催し物をやって、参拝者を集めてますね。

1月2日はゆったりした後、1月3日には、喜多院に行きます。

1 この日喜多院では、縁日の初大師で、境内ではだるま市が開かれています。

写真は、昨年の、しかもだるまを売っているところではなく、その前の年のだるまを納めるところですけど・・・。

両目が入れられ、納められただるまもたくさんありますが、境内には関東各地からだるまの業者さんが集まり、だるまを売っています。

だるまも、地域・業者さんによって、顔が違いますし、大きさもいろいろです。

我が家はいつも山門内側に陣取っている、群馬は高崎・少林山の、今井だるまのだるまの顔がしっくりくるのでこれを買っています。

皆さんもいろいろなお店を回って、お好みのだるまを選んでみてください。

その昔は、2月にも月遅れというか旧暦のだるま市があったと記憶しているのですが・・・。

今は1月3日ですので、お間違いなく。

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