変えられてしまう道【郭町一丁目】【郭町二丁目】
川越城は川越の観光の目玉の一つです。
目立つ状態で残っているのは本丸御殿ですね。
この本丸御殿もかつては学校の体育館代わりとかに使われたりしてだいぶ劣化が進んでいるようです。
他にも改修がなされて、その昔とは違う状態になっていたりして。
これを直すために、しばらく一般公開を中止するようです。
後世に残すため、きちっと修復をお願いしたいです。
この川越城、かつては東は初雁球場のあたりから西は市役所のあたりに大手門があり、広大な土地でした。
このため、城内を東西に貫く道がありました。
今の、市立博物館と本丸御殿の間の道です。
この道が残念ながら変わろうとしています。
まぁ、今でもアスファルトに覆われていますから、過去の面影は薄いのですが。

写真は、県立川越高校の北西の角の信号です。
本丸御殿から市役所のほうへ向かっていくと、信号の手前で左→右のクランクになっています。
写真は少し前に撮ったものなので、正面の家(オレンジ色の←の向こう)の家もすでに取り壊されています。
信号から西は市役所から東への一方通行です。
道路をまっすぐにし、道幅を増やして観光バスとかを通しやすくしようというもくろみなんでしょうかね。
市の広報に江戸末期と現在の重ね合わせ図がありました。
これによると、ここにかつて三ノ門があり、お城ですから恐らく有事の際に敵がまっすぐに攻め込んでこられないようにクランク状にしたんでしょう。
今回これをまっすぐにしてしまうわけで・・・。
道を太くして両方通行にするのもよいですが、そうするとますます土日の旧市街は車の混雑が激しくなるような気もします。
パークアンドライドで、郊外に車を置いて、公共機関で町中に、というのもかつて川越でも推進していたような気もしますが、この道路の拡張は流れに反することになりそうな気がします。
観光で売った街ですので、観光客や旅行会社の遠くの駐車場から歩くのは不便という意見を優先させてしまったのかもしれませんね。
これで歴史ある道を変えてしまうのはちょっと残念な気がしませんか。?
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琵琶橋から西に向かうと、喜多院の山門前に至ります。
今でこそ賑わいはありませんが、かつては喜多院の門前であるとともに、大宮等へ向かう川越の出口ということもあり、お店が立ち並んでいました。
この通りの両側のお宅もだいぶ建て替えられていますが、一部にはかつてお店をやっていたであろうとうかがえる建物や蔵が残っています。
この中で目を引くというか、まだ活躍されていそうなお店が喜多院斉霊殿の東側にあります。
正面には、凡字一文字と、その下に「観世音」と彫られていました。
二枚目の写真は裏から撮ったもので、逆光のために彫ってある文字がよく読めませんが、この石碑の左右の側面には、それぞれの行きつく先が彫られています。
二番目の写真は、橋の上を撮ったものです。
仙波愛宕神社を背にして国道16号線側を振り返ってみます。(一番目の写真)
富士見町交差点から20mぐらい北に、信号のない交差点があります。
仙波小学校北側に面する道路をまっすぐ東へ進むと仙波河岸に到着します。
もともと両方の町とも仙波村の一部ですから、それがこの切り通しによって分断されてしまって不便だから、ということで橋が架けられた、というのも多少はあるかもしれません。
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