交通

NHK連続テレビ小説「つばさ」発進!!

一昨日3月30日(月)から、NHKの連続テレビ小説「つばさ」が放送開始されました。

このドラマについては多くの方がご存じだと思いますが、我が街・川越を舞台に、老舗和菓子屋の後継ぎの娘が地元のコミュニティFM放送局の仕事を通して家族や街を幸せにしようと頑張る姿を映したものです。

朝ドラで埼玉県が舞台となるのはこれがはじめてだそうで、各地で様々なイベントが催されています。

川越を通る東武東上線では、「つばさ」のラッピングトレイン2編成が3月22日(日)に池袋駅で出発式が行われ、運行開始しました。

その出発式には、川越市長・埼玉県知事に加え、出演者の1人の松本明子さんも出席されたようです。

夜に見かけたものをケータイカメラで写したので、ブレブレなんですが。

1_3

2

東上線の数ある電車の中でわずか2編成ですから、見かけたらラッキーという感じですが、9月30日(水)までの運行とのことなので、まだまだ見かけるチャンスはあるかと思います。

そのコミュニティFM放送局、埼玉県内では、鴻巣市のフラワーラジオ、入間市のFMチャッピー、旧浦和市のレッズウェーブ、朝霞市のすまいるFMの4局しかなく、我が街川越はドラマの中ではあるものの実際にはありません。

技術的な理由もあって、コミュニティFM放送局を開設するのは大変なようです。

でも私、放送局ではないですが電波/無線関係の仕事をしていることもありまして、以前からコミュニティFM放送局を我が街川越に作りたいと思っており、その昔にはビジネスプランなんぞも作りかけたことがありました。(今でも作りたいと思ってます!!)

ドラマの中の仮想的な世界ではありますが、我が街川越を舞台としたドラマで自分が思っていたコミュニティFM放送局というのが設定されたというのは面白いですね。

ますます本当に開設してみたくなりました。

とはいえ、制度上一人でできるものでもないので・・・、どなたか一緒に実現に向けて検討しませんか??

| | コメント (8) | トラックバック (0)

旅人の安全を祈る道標【小仙波町三丁目】

この前紹介した琵琶橋、大宮から川越へ向かう道にかかる橋ですが、この琵琶橋から道なりに南西方向(喜多院山門方向)に100mほど行くと、五差路があります。

この五差路をそのまま戻れば琵琶橋を経て大宮に、西に向かえば喜多院の山門前、南に向かえば川越駅、そして南東に行く道で今はUNICSの東側を通る道(県道113号川越新座線)になっています。

ここもよく通る道であったのですが、この前通行止めとなった琵琶橋の様子を見に行くために自転車でここを通ったら初めて気がついたものがありました。

喜多院山門前からまっすぐ来るとこの五差路の正面、大宮方面に行く道とUNICS方面に行く道(県道113号川越新座線)との間に、お墓のような石碑が建っていました。

1 正面には、凡字一文字と、その下に「観世音」と彫られていました。

2 二枚目の写真は裏から撮ったもので、逆光のために彫ってある文字がよく読めませんが、この石碑の左右の側面には、それぞれの行きつく先が彫られています。

どちらかと言えばくっきり見えるのは一枚目の写真の右の行先ですが、飯田新田というのが読み取れました。

飯田新田というのは、今はさいたま市になっていますが、荒川の、下流に向かって右岸にあり、県道113号川越新座線をUNICSを越えて更に進んでいくとびん沼川(おそらく旧の荒川の流れで川越市と大宮市の境界になっている川)付近で治水橋方面に向かう道と交差しますが、そのあたりです。

川越の街から歩いて行くと、この石碑のあたりから街を離れていくので、川越を離れる人の安全を祈って観世音を祀るとともにそれぞれの道がどこに向かっているのかを教えてあげるためにこの石碑を建立したのではないかなあと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

古谷村と川越市のつなぎ役・二枚橋【古谷上】【小仙波】

先週時間があったので、仙波辺りからさいたま市(旧大宮市)との境目にある古谷のグリーンパークまで歩きました。

約1時間半の道のりで、国道16号の歩道を歩いていきました。

その丁度中間地点あたりに、伊佐沼を起点とする九十川が流れています。

九十川が合流する新河岸川ですが、新河岸川が概ね今のようなルートを流れるようになったのは江戸時代です。(もちろん、かつては曲がりくねった流れだったのを近代になって治水のためにまっすぐな流れに変えたりもしていますが。)

それ以前の新河岸川(赤間川と言ったほうがよいでしょうか。)は、宮元町の田谷堰あたりから北、そして東へと流れ伊佐沼に注ぎ、そこからさらに南に流れていっていました。

なので、その南の流れがこの九十川であり、こちらがもともとは本流ではなかったのではないでしょうか。

その九十川にかかる国道16号の橋を二枚橋と言い、比較的新しくて立派な橋です。

その北側にも小さくて古いのですが橋がかかっています。(一番目の写真参照。)

これがもともとの二枚橋で、二番目の写真で、欄干に彫られているように、大正13年(1924年)8月に竣工された橋です。

古い橋なので劣化が進んでいるようで、欄干には黄色く塗られた鋼材がはめられています。

大正13年ということは、川越町と仙波村が合併して川越市が誕生したのが大正11年ですから、そのわずか2年後です。

下流を向いて右岸が小仙波、左岸が古谷上です。

川越市と古谷村等が合併して今の川越市になったのが昭和30年ですので、竣工したときには右岸の川越市と左岸の古谷村をつなぐ役割であった橋です。

単に川越市と古谷村をつないでいたわけではなく、この橋のすぐ南側が新しい二枚橋で国道16号線が走っていますが、川がまっすぐにされているのと同様に国道16号線も極力まっすぐにされて今のような状態になっており、もともとはこちらの古い二枚橋の上を国道16号が走っていました。(調べたところでは、旧県道大宮線という話も)

1_2

2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歴史の積み重ね・川越市駅のホーム【六軒町】

今日、東武東上線に乗ったら、東武鉄道設立110年の記念電車でした。

先頭車両には「110st」と記したヘッドマークのようなもの、車内は最新のスペーシアから昔懐かしの車両の写真が飾られていました。

東武鉄道自体は1897年11月1日に設立されたようですね。

もともとは今の東武伊勢崎線が主体の会社だったようです。

東上線は、もう少し後の1911年11月11日に川越町に設立された東上鉄道で、1914年5月1日に池袋~田面沢(今の川越市駅と霞ヶ関駅の間)で開通し、1920年に東武鉄道と合併して今のような組織形態になっています。

今や川越の玄関となっている川越駅は、この1914年の開通時には無く、翌年の1915年4月1日に川越西町駅として開業しています。

旧市街にある昔の玄関口である川越市駅は、東上鉄道開通時に川越町駅として開業し、1922年12月1日の市制施行とともに現駅名に改名したようです。

開業当時のものかどうかはわかりませんが、現在下り線用として使われている1番線2番線ホームを見ると、歴史の積み重ねを感じることができます。

川越駅に最も近いあたりは最近の作りで、地面から鉄柱が突き出し、その上にコンクリートの板を置いたような構造になっていて、ふじみ野のような新しい駅のホームの作りと同様ですが、それ以外は石積みのホームになっています。

その積んである石も、いろいろあって、一番目の写真、ちょっと見にくいですが、少なくとも三種類の積み方がなされているのが見られます。

恐らく、写真の左側のほうが比較的新しく、真ん中あたりが中間年代、右の下のほうがこの中では最も古いものと思われます。

二番目の写真は、その最も古そうなホーム部分をズームアップしたものです。

今は殆どが10両編成ですが、今から30年ぐらい前でも6両編成が主体で越生線乗り入れが4両編成とかでしたから、もっと昔となると更に編成も短かったりするので、それに合わせてホームも短かったことでしょう。

また、ホーム端にスロープがあったのが見て取れるのと、今と比べてホームの高さが低いというのがわかります。

東上線ではありませんが、八高線とかだと、低いホームから乗り降りするためにちょっと前の車両までは車内に階段があったような気がしますので、東上線の車両もそんな感じだったのではないでしょうか。

徐々に乗降客も増えてくると、編成を長くしていったので、それに合わせてホームも少しずつ伸ばしていったのでしょう。

川越市駅の三層とまではいかなかったかもしれませんが、隣の川越駅のホームでも石の積み重ねの違いを一部見ることができたと思います。

駅での乗り降りの際、気がついたら確認してみて下さい。

1

2 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

首都圏の足の基地・JR東日本川越車両センター【久下戸】

今日10月14日は鉄道記念日ですね。

新橋←→横浜間で鉄道が開通した日だそうです。

また、国鉄の分割民営化で、JR東日本が誕生して20年という記念すべき年のようですね。

さいたま市(旧大宮市)では、鉄道博物館がオープンだそうです。

大人の入場料は1000円ぐらいするようです。

万世橋(秋葉原)にあった頃に比べると、だいぶ高くなったような・・・。

約2週間遅れですが10月27日に、川越でも地元の子ども達のためというか鉄道ファン(おたく)というかのために、イベントが開催されます。

川越を通るJR/国鉄線は、川越線というのがあります。

大宮から高麗川までの路線で、今から22年前まではディーゼルカーが走っていました。

東北上越新幹線と並行して通勤新線が作られることになり、これが現在の埼京線になるのですが、当初の予定だと戸田に車両基地が作られる予定でした。

ところが、用地確保ができず、また地元の反対運動とかもあり、高崎線沿線への設置も考えられたのですが、やはり用地確保ができず、川越線を電化して、指扇(旧大宮市)と南古谷(川越市)の間に車両基地が設けられることになりました。

これがJR東日本川越車両センターです。(一番目の写真参照。)

埼京線は、確か当初は川越から新宿までで開通し、徐々に伸びて、今は新木場まで通じています。

川越駅にいると、東京メトロ有楽町線とつながっている東武東上線も新木場まで行けますし、隣のJRも新木場まで行けますので、どちらに乗ろうか迷ってしまいます。

早さならJR、料金なら東上線ですね。

結局川越線は川越で分断され、東は大宮を経由して埼京線、西は短めの3両編成で高麗川や八高線乗り入れで八王子となっていて、ともに川越が折り返し駅になってしまっています。

西の八王子方面に行く車両も南古谷の川越車両センターの所属になっているものがあるので、朝夕のラッシュ時もしくはラッシュが終わると川越駅から回送で東の川越車両センターに戻ってくるのが見られます。(二番目の写真参照。)

このJR東日本川越車両センターで、前述のように、一般公開があります。

たぶん毎年やっているのではないでしょうか。

今年は10月27日(土)のようです。

普段このあたりで走っていない車両もやってきたり、と、鉄道好きも楽しめますし、そこまで行かなくても、小さな子供のいる家族でも楽しめるイベントのようですので、皆さんお越し下さい。

1

2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

川越と大宮を結んだ電気鉄道の起点、久保町駅の跡【三久保町】

前回、埼玉県初の火力発電所の跡地を紹介しましたが、その火力発電所の電力を使って明治39年に川越と大宮を結ぶ電気鉄道が敷設されました。

川越側で起点となったのは久保町駅で、火力発電所の敷地と隣り合わせの場所です。

その跡地が1番目の写真です。

今は川越市中央公民館になっています。

火力発電所跡地の東京電力川越支社と久保町駅跡の中央公民館の敷地の間に、両者を説明する看板が立っていました。(2番目の写真を参照。)

この看板の図によると、現在の中央公民館の敷地をぐるっと回るように線路が引かれ、真ん中には車庫があったようです。

3番目の写真は、中央公民館の南東の角です。

通行のあまりない道路なのに広く、東向いのお宅は道路の隅切りが必要以上におおくとられていたので、昔からとても気になっていたのですが、丁度ここで一周してまた大宮に戻るように線路が引かれていたからなんですね。

その角から東のほうを見ると、二つ目の横断歩道の奥(浮島神社入り口)に、やや細い道が右カーブして行くのが見えますが、元の軌道の跡でもあります。(4番目の写真参照。)

川越電気鉄道は、そののち現在の西武鉄道に売却されますが、省電川越線(現在のJR川越線/埼京線)の開通、国の制度変更による対応ができなかったこと等で営業を停止、バスの運用に転換されました。

バスも、しばらく前に川越グリーンパークでの乗り換え運行に切り替わってしまい、大宮駅西口までの直通運行は廃止されてしまいました。

1

2

3

4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

川越と大宮を結ぶバス

今日は大宮へ行ってきました。

大宮へは通常であれば川越駅からJR埼京線(川越線)に乗って行きますよね。

結果としては、それで行ったのですが。

最近、何かあるとバスに乗るのがマイブームになっています。

この前も、名古屋・金沢の出張で、行き帰りに高速バスに乗ってきました。

そんこともあり、自宅から川越駅に向かう途中、「そうだ!!本川越駅から大宮駅西口に行くバスがあったはずだからそれに乗って行こう!!」などと思い、進路変更、本川越駅へ。

しかし、本川越駅のバス乗り場で確認すると、残念ながら、大宮駅西口行きはいつの間にかグリーンパーク止まりになっていました。(グリーンパークで乗り換えれば大宮駅に行けるようですが。)

このバス路線、大変由緒正しい路線でした。

今でこそJR埼京線(川越線)は電化されているものの、1985年以前はディーゼルカーが走る超ローカル線でしたが、それよりはるか昔、川越大宮間に電車が走っていました。

1904年開業の川越電気鉄道です。

並行して1940年に国鉄川越線が開通したために1941年に廃止され、その代替としてバス営業に転換されました。

ちなみに、川越電気鉄道の起点は川越久保町ですが、今の中央公民館のあたりです。

大宮の帰りに、ちょっと足を延ばし、浦和に寄ってきました。

(RED VOLTGEという、浦和レッズグッズのお店を見てきました。今日は丁度浦和レッズのACLの試合があったので、RED VOLTAGEではTV中継を見るお客さんであふれていました。熱狂的レッズファンが集まる「力(りき)」というお店に至っては、17時ちょっと過ぎ時点でいっぱいでした。)

浦和からの帰りは志木駅行きの路線バスに乗ってきました。

料金は浦和駅西口から志木駅東口までで270円!!

JRで大宮から川越が320円ですから、同じような距離でそれより安いわけです。

川越のバス路線はどちらかというと徐々に少なくなっているような。

本川越大宮駅西口間もそうですが、他にも、川越上福岡間とか、仙波町循環というのも昔はありましたけど無くなってしまいました。

道路の混雑とかで時間が不確定だからでしょうか。

でも、志木の例をみると、安いし、比較的近い間隔でバス停があって、鉄道より便利な時も多いと思うんですけど。

もっと乗ってみませんか??

| | コメント (1) | トラックバック (0)