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2010年8月

長松院と子育て観音【脇田町】

脇田町というと、川越駅のような人の集まる場所であったり、クレアモールのような商店街を思い浮かべませんか?

私の小学校時代の同級生で当時脇田町に住んでいる子の家は酒屋や家具屋を営んでいたりしてましたし、小学校に脇田町出身の先生がいたのですがその先生の家は今はビルになっちゃいましたけど山仁ストアというスーパーでしたし。

でも、一歩裏へ入ると、古くからここにお住まいの方々のごく普通の住宅もあったりします。

川越東武ホテルの北側あたりの、新富町二丁目との境目あたりがそうです。

先日本川越駅から川越駅方面に戻ってくるのに、この裏道を通ってみました。

その中にとても広い土地に平屋の大きな建物を発見。

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曹洞宗の、松平山長松院です。

こんなところにお寺があるとは知りませんでした。

このお寺、山号の「松平山」といい、お寺の名称の「長松院」(色々な方につけられていると思いますが、徳川幕府二代将軍秀忠公の養女も長松院というそうです。)といい、由緒正しいお寺なんでしょう。

脇田町の山車の人形が徳川家康なのも何か関係があるのでしょうか。

2結構すっきりとしたお寺で、敷地のほとんどが駐車場になっていますが、入口のすぐわきに、古い供養塔と比較的新しい六地蔵が安置されておりました。

この写真の向こう(長松院の道路を挟んで北側)をよく見ると、右から脇田町の自治会館の建物、脇田町の山車蔵(青いシャッター)、小さな社が見えます。

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失礼ながらこの小さなお社に近寄ってみると、額には「子育観音」と書かれておりました。

川越の伝説の一つで、乳母観音というのがあります。

昔、川越城の家老の奥方が我が子と添い寝をしていたところ、子どもが(確か窒息して)死んでしまったそうです。

ご主人がお勤めから帰ってきてそれを知ったらどんなお咎めをうけるかわからない、そこで奥方は子どもが死んでしまったのを女中のせいにしたそうです。

お勤めから帰ってきたご主人はそれを知って激怒、女中を責め殺してしまったそうです。

無実の罪で殺された女中はご主人と奥方を恨み、この二人を祟り、奥方はこの祟りに耐えられず、ご主人に本当のことを話しました。

そこで、長松院に女中の霊を観音様として祀り、女中の祟りを鎮めたそうです。

お話はざくっとこんな感じですが、その観音様がここにある子育観音と思われます。


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