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城主とともにやってきたお寺・光西寺【小仙波町五丁目】

喜多院の山門から南下していくと、仙波東照宮・中院と続き、第一中学校の手前にもう一つお寺が見えてきます。

1_2 光西寺というお寺です。

中院までは喜多院と出所を同じにする寺社ですが、光西寺は中院のお隣にあるものの、これらとは関係はありません。

元々は石見国浜田(島根県浜田市)で恵誓法師により開基されたお寺で、浜田藩の松井松平家の菩提寺になっていました。

5_2 松井松平家は、徳川家の親藩で、過去の功績が認められ、松平姓を名乗ることが許された家系です。

その松井松平家が、現在韓国と係争中の竹島を使って当時禁止されていた海外貿易をやっていたことが発覚し、外様であれば改易になっていたところを、親藩であったがゆえに、転封となり、陸奥・棚倉藩(福島県棚倉町)、そして川越に転封してkましたが、それとともに光西寺も移ってきました。

6_3 恐らくそれが縁で、川越市と棚倉町は姉妹都市となったのでしょう。

残念ながら川越に移ってきたのが幕末で、当初は南町(元町)の養寿院の門前にあった千手院を仮住まいとしていましたが、直後に明治維新となり、寺領をもらえず、大正末期に現在のこの地にお堂を建立したそうです。

境内には、その松井松平家の墓所があります。

2_2 お寺の東側には表門があります。

この門には様々な彫り物がなされています。

門の内側上部では、金剛力士が屋根を支えています。

3_2門の左右には、

初平が道士に会い神通力を得て仙人になり、羊を岩に変えて45年後に蘇生させるという、「黄初平」と、

4_2

漁師と樵とが互いにその天分とする境遇について問答する「漁樵問答図」です。

これらは、光西寺が所有している掛け軸を彫刻にしたものだそうです。

藩主が代わると家来だけでなく、お寺も代わるんですね。

こういったお寺を、士族寺とかお伴寺というそうです。

境内には、大きな枝垂れ桜の木がたっており、季節には美しく咲き誇っています。

中院の枝垂れ桜は有名で、多くの人で混雑しますが、ここは結構静かですよ。

より大きな地図で 小江戸かわごえみどころマップ を表示

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