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岸町を分ける東上線ガード【岸町一丁目】【岸町二丁目】

1ヶ月ほど前の雨の平日に八幡通りをぶらり旅していましたが、何故かその後南のほうへも足をのばし、新河岸~岸町をうろうろしておりました。

岸町は元々は岸村という名前で不老川沿いに位置しております。

岸町二丁目に川越街道が通っており、川越市内へ向かう最後の難関・烏頭坂の手前に古い建物や広い敷地のお宅が存在しておりますので、岸町二丁目が昔の中心と思われます。

このためか、岸町の中では二丁目だけが山車を保有しています。

というか、今の山車になる前は提灯とかにも「岸町」と書いていたのですが、噂なので本当のところは知りませんが、三丁目は小学校の学区が異なり(一丁目・二丁目は仙波小学校、三丁目は新宿小学校)、一丁目は二丁目との間に東武東上線があり、低いガードのために大きな山車をもってこれないから、二丁目だけで所有することになった、というお話があります。

その、岸町をわけている東武東上線のガードを見てきました。

全部で3つあります。

1_3 

これが、最も北側のガードです。

国道16号線から国道254号線東京方面への抜け道になっており、3つの中では最も交通量が多いところです。

ですが、橋脚間が狭く、車2台がすれ違えないため、交互通行のようになっています。

2

これが真ん中のガードです。

前述の北側のガードに比べると、さらに橋脚間が狭くなっていますが、住宅地の間の道路なのでそれほど交通量も無いので特に不便は感じません。

さらに南側のガードについては、写真を撮り忘れたのですが、橋脚間が狭くなるだけでなく、高さも北側2つに比べて低くなっており、RV車等背の高い車は通行注意です。

この3つのガード、ともに同じような構造になっていて、真ん中のガードにさらに近寄ってみると・・・、

3

雨の湿気で写真がぼけてしまっていますが、岸町一丁目側がレンガ積みの橋脚になっています。

東武東上線のレンガ積みの橋脚については、霞ヶ関駅手前の入間川の旧鉄橋橋脚が有名なようなのですね。

あと、川越駅と川越市駅の間、西武新宿線を越える鉄橋の橋脚がやはりレンガ積みになっていて、ここが大正時代の開通当時のものというのをどこかで見た気がします。

とすると、ここも恐らくその頃のものではないでしょうか。

最も北側のガード、ここは前述の通り抜け道になっていて交通量が多いので、通るたびに橋脚の幅を広げてほしいと思ったりしますが、そうすると橋脚を壊さざるを得なくなり、こういった歴史的価値を考えると、う~ん、と唸ってしまいます。

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