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2009年1月

縁を結びたいなら・川越一ノ宮川越八幡宮【南通町】

これまた毎年我が家でお正月に初詣する場所であります。

南通町の川越一ノ宮・川越八幡宮です。

1 丸広の裏通り、これを八幡通りといつしか名づけられましたが、川越駅から歩いてくるならこの道をくるとよいでしょう。

川越駅から徒歩5分くらいではないでしょうか。

一番目の写真が八幡通りの入り口の鳥居です。

、写真右を見ると、縦書きで「新富町二丁目」とかかれたシャッターが見えます。

新富町二丁目の山車蔵なんですけど、ここ、南通町です。(南通町の山車はどこに山車蔵造るのだろう??)

ちょうどここら辺は南通町・新富町二丁目・脇田町の境目になっていて、新富町二丁目は商業地域で空いている土地も少ないこともあり、それよりも大昔はそんな境目もなかったのでこちらに造ったのかもしれません。

二番目の写真が川越八幡宮の境内の様子です。

川越2八幡宮は、1030年に平忠常の謀反を征伐した源頼信によって創祠されたと言われる由緒ある神社です。

私、高校生までボーイスカウトをやっていたのですが、当時はかがり火奉仕ということで、大みそかから元旦未明までここでお神酒と甘酒を参拝客にふるまっておりました。

現在は神社の方々がお神酒・甘酒をふるまっておられます。

加えて、1月1日0時とともに初詣開始で、その際先着1000名くらいに記念品をお渡ししています。

そんなこともあってか、昨今元旦の行列がずらーっと並ぶようになりました。

二番目の写真の中央やや左側に大きな二本の木があるのが見えます。

イチョウの木です。

現在の天皇陛下がお生まれになったのを記念して、昭和8年12月23日に雌雄二本を植樹したところ、根本で一本になってくっついてしまったものです。

3 三枚目の写真が根本の様子で、確かにくっついてしまっているのがわかります。

神社ではこの木を「縁むすびの木」とするとともに、縁結びにご利益があるのではないかということで近年良縁を求める方がお参りに訪れているようです。

結構テレビや雑誌でも取り上げられているみたいですね。

なお、車で行く場合には、川越街道側にも入口があり、そちらが便利です。

近喜屋というラーメン屋の角を曲がると正面が川越八幡宮です。

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喜多院の七不思議・明星の杉と明星の池【小仙波町一丁目】

前回に引き続き、だいぶ時間が経ってしまいましたが、お正月三が日に見つけた場所のご紹介を。

喜多院山門を出て左手に、駐車場があります。

主に喜多院へ参詣する方々に使われております。

その名に「明星」というのがつけられています。

その昔、尊海僧正が勅命で関東で仏教を広めるために京都から牛車に乗って来たところ、小川にかかる橋のところで止まってしまい、これは何かあるかもしれないと思ってその場に留まりました。

するとその晩、近くの池の中から光が輝きだし、それが空に舞い上がって明星となり、その明星が老いた杉の木にとまりました。

尊海僧正はこれは何かあるかもしれないと思って調べたところ、この地がかつて仙芳仙人や慈覚大師が修行した場所であったことがわかり、ここにお堂を建てました。

1 その池のあとが山門の前の明星駐車場であり、その駐車場の北東の角に小さな祠があってその前に植えられている杉が明星の止まった老杉の代わりとなる新しい杉の木です。(写真の左端のほうにある木。)

なんか、よく個人で庭にお稲荷さんとかをお祀りしているお宅がありますが、この祠、今までずっとそんな感じの祠だと思ってました・・・。

また、喜多院の山号を星野山(せいやさん)と呼びますが、これも明星が輝いた場所からです。

あちこち調べると、光が輝きだしたのが池でなく井戸というのもあるようですね。

もう間もなく喜多院では節分会がありますので、その機会に訪れたらここにも足を向けてみてください。

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島崎藤村ゆかりの地【新富町一丁目】

気がつけば、2009年になり、1月も半ばを過ぎてしまいました・・・。

皆さんはお正月はどちらへ初詣等に行かれましたでしょうか??

結局我が家では、1月1日0時とともに近所の仙波氷川神社にお参りし(福銭と甘酒を頂けるからという話も。)、一眠りした後に南通町の八幡宮、そして1日おいて1月3日に喜多院のだるま市に行ってまいりました。

ほんと、毎年変わらず、です。

ただ、今年は、八幡宮のお参りの後に八幡通りそして新富町商店街(古い!!クレアモールです。)をお散歩してきました。

このとき、八幡通りのとあるマンションの敷地の一角にある植え込みに、石碑を見つけました。

1 石碑には、「島崎藤村ゆかりの地」と彫られていました。

島崎藤村といえば、明治から昭和にかけて活躍した文豪であります。

この島崎藤村の妻であった加藤静子という方の実家がここにあったそうです。

また、奥様の母親が茶人であったため、ここに「不染亭」という茶室を建ててあげたそうです。

この茶室は、平成4年に小仙波町五丁目の中院に移築、保存されており、お茶を楽しむ人たちに利用されています。

このマンション、比較的最近建てられたものだと思うのですが、その前にもここの通りはよく通っていたのですが、ここにこういうお宅があったというのは知りませんでした・・・。

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