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2008年12月

喜多院の初大師とだるま市【小仙波町一丁目】

もう間もなく年が明けて、2009年を迎えます。

皆さんは、初詣はどちらに行かれますか??

我が家は、1月1日0時とともに、近所の仙波氷川神社にお参りし、一眠りした後、お昼前ぐらいに南通町にある川越市総鎮守の川越八幡宮にお参りします。

ホームページを見ると、宮下町の川越氷川神社も川越総鎮守というくだりがあるのですが、どっちが本当の総鎮守なんでしょ??

祀っている神様が違うだろうから、両方とも、ということでしょうか。

以前は、元日に限りお守りが頂けるというので初雁公園の三芳野神社やその近くで川越城富士見櫓跡の御嶽神社、鐘をつける中院や連繋寺、等々にも行ったりしていました。

ある程度の寺社になるといろいろな催し物をやって、参拝者を集めてますね。

1月2日はゆったりした後、1月3日には、喜多院に行きます。

1 この日喜多院では、縁日の初大師で、境内ではだるま市が開かれています。

写真は、昨年の、しかもだるまを売っているところではなく、その前の年のだるまを納めるところですけど・・・。

両目が入れられ、納められただるまもたくさんありますが、境内には関東各地からだるまの業者さんが集まり、だるまを売っています。

だるまも、地域・業者さんによって、顔が違いますし、大きさもいろいろです。

我が家はいつも山門内側に陣取っている、群馬は高崎・少林山の、今井だるまのだるまの顔がしっくりくるのでこれを買っています。

皆さんもいろいろなお店を回って、お好みのだるまを選んでみてください。

その昔は、2月にも月遅れというか旧暦のだるま市があったと記憶しているのですが・・・。

今は1月3日ですので、お間違いなく。

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変えられてしまう道【郭町一丁目】【郭町二丁目】

川越城は川越の観光の目玉の一つです。

目立つ状態で残っているのは本丸御殿ですね。

この本丸御殿もかつては学校の体育館代わりとかに使われたりしてだいぶ劣化が進んでいるようです。

他にも改修がなされて、その昔とは違う状態になっていたりして。

これを直すために、しばらく一般公開を中止するようです。

後世に残すため、きちっと修復をお願いしたいです。

この川越城、かつては東は初雁球場のあたりから西は市役所のあたりに大手門があり、広大な土地でした。

このため、城内を東西に貫く道がありました。

今の、市立博物館と本丸御殿の間の道です。

この道が残念ながら変わろうとしています。

まぁ、今でもアスファルトに覆われていますから、過去の面影は薄いのですが。

1_3

写真は、県立川越高校の北西の角の信号です。

本丸御殿から市役所のほうへ向かっていくと、信号の手前で左→右のクランクになっています。

写真は少し前に撮ったものなので、正面の家(オレンジ色の←の向こう)の家もすでに取り壊されています。

信号から西は市役所から東への一方通行です。

道路をまっすぐにし、道幅を増やして観光バスとかを通しやすくしようというもくろみなんでしょうかね。

2

市の広報に江戸末期と現在の重ね合わせ図がありました。

これによると、ここにかつて三ノ門があり、お城ですから恐らく有事の際に敵がまっすぐに攻め込んでこられないようにクランク状にしたんでしょう。

今回これをまっすぐにしてしまうわけで・・・。

道を太くして両方通行にするのもよいですが、そうするとますます土日の旧市街は車の混雑が激しくなるような気もします。

パークアンドライドで、郊外に車を置いて、公共機関で町中に、というのもかつて川越でも推進していたような気もしますが、この道路の拡張は流れに反することになりそうな気がします。

観光で売った街ですので、観光客や旅行会社の遠くの駐車場から歩くのは不便という意見を優先させてしまったのかもしれませんね。

これで歴史ある道を変えてしまうのはちょっと残念な気がしませんか。?

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喜多院門前通り【小仙波町三丁目】

1_2 琵琶橋から西に向かうと、喜多院の山門前に至ります。

この通りを「喜多院門前通り」と言います。

2_2 今でこそ賑わいはありませんが、かつては喜多院の門前であるとともに、大宮等へ向かう川越の出口ということもあり、お店が立ち並んでいました。

3_2 この通りの両側のお宅もだいぶ建て替えられていますが、一部にはかつてお店をやっていたであろうとうかがえる建物や蔵が残っています。

4_2 この中で目を引くというか、まだ活躍されていそうなお店が喜多院斉霊殿の東側にあります。

森甚精麦倉庫のお店です。

精「米」でなく、精「麦」です。

麦を専門に取り扱っておられるお店があるんですね。

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古代の海の跡・小仙波貝塚跡【小仙波町三丁目】

しばらく前にウチのPCが壊れてしまい、復旧作業に時間がかかってしまいました・・・。

久々のアップデートです。

小仙波から仙波にかけてはさまざまな時代の遺跡が存在しています。

これが一番古い部類になるでしょうか。

旧市街地の多くはは武蔵野の台地・高台の上にありますが、喜多院のちょっと東方の新河岸川付近から下り坂となり、今では田んぼが広がる低地となっています。

しばらく前に紹介した琵琶橋、この南東100mぐらいのところに信号のある五差路の交差点があり、この信号から川越駅方面に20mほどいったところにちょっとしたスペースがあります。

1 小仙波貝塚跡です。

かつてはここより東方が海であり、縄文時代前期には人々がこの地でヤマトシジミやカキを食し、捨てた跡です。

縄文時代前期には氷河が融け、この辺りまで海が来ており、中期以降は海も再び後退して今の東京湾あたりまで下がったようです。

これで埼玉も海無し県になってしまったのでありますが、昨今地球温暖化によって南極・北極・アルプス・ヒマラヤ等々各地の氷が融けてきているとの話がありますが、再びそのようなことになればまたこのあたりまで海になってしまうということでしょうか。

恐ろしや・・・。

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