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2008年9月

小仙波の用水整備記念碑【小仙波】

昭和初期に、新河岸川は治水等を目的に改修がなされました。

この時、利水のために、川越市内には4つの堰が設けられました。

上流から、田谷堰・城下堰・小仙波堰・滝下堰の4つです。

田谷堰は宮下町の氷川神社の裏あたりに現存していますが、その他の堰は既になくなっています。

先日の小仙波三丁目の道標のところから、飯田新田方面(UNICS方面)に歩いてみました。

するとすぐに新河岸川にかかる橋があります。

琵琶橋の一つ下流の橋で、貝塚橋です。

この貝塚橋を渡ったところに、「小仙波水理組合管理地」なる看板があり、ここに記念碑が立っていました。

1 小仙波地区の水理を目的として、用水を整備したのを記念しての石碑でした。

こういった記念碑はあちらこちらにあるのであまり気にしていなかったのですが。

小仙波ですから、昭和初期の河川改修の際に整備された小仙波堰がきっとこのあたりにあり、もしかしたらその小仙波堰の代わりとしてこの用水が整備されたのかもしれませんね。

と思って、書いてみました。

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旅人の安全を祈る道標【小仙波町三丁目】

この前紹介した琵琶橋、大宮から川越へ向かう道にかかる橋ですが、この琵琶橋から道なりに南西方向(喜多院山門方向)に100mほど行くと、五差路があります。

この五差路をそのまま戻れば琵琶橋を経て大宮に、西に向かえば喜多院の山門前、南に向かえば川越駅、そして南東に行く道で今はUNICSの東側を通る道(県道113号川越新座線)になっています。

ここもよく通る道であったのですが、この前通行止めとなった琵琶橋の様子を見に行くために自転車でここを通ったら初めて気がついたものがありました。

喜多院山門前からまっすぐ来るとこの五差路の正面、大宮方面に行く道とUNICS方面に行く道(県道113号川越新座線)との間に、お墓のような石碑が建っていました。

1 正面には、凡字一文字と、その下に「観世音」と彫られていました。

2 二枚目の写真は裏から撮ったもので、逆光のために彫ってある文字がよく読めませんが、この石碑の左右の側面には、それぞれの行きつく先が彫られています。

どちらかと言えばくっきり見えるのは一枚目の写真の右の行先ですが、飯田新田というのが読み取れました。

飯田新田というのは、今はさいたま市になっていますが、荒川の、下流に向かって右岸にあり、県道113号川越新座線をUNICSを越えて更に進んでいくとびん沼川(おそらく旧の荒川の流れで川越市と大宮市の境界になっている川)付近で治水橋方面に向かう道と交差しますが、そのあたりです。

川越の街から歩いて行くと、この石碑のあたりから街を離れていくので、川越を離れる人の安全を祈って観世音を祀るとともにそれぞれの道がどこに向かっているのかを教えてあげるためにこの石碑を建立したのではないかなあと思っています。

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残念、琵琶橋が通行止めに【小仙波町三丁目】【小仙波】

大宮から川越市内に向かう道、今は国道254号の小仙波交差点から新琵琶橋を渡り、東京電力変電所の南側・成田山の北側を経て市内に入っていきます。

もともとはこの道、新琵琶橋のすぐ南側(新河岸川の下流)にある琵琶橋を渡り、喜多院の山門前で北(右)に曲がり、成田山付近で再び西(左)に曲がる道でした。

1 この古い道にかかる琵琶橋が、残念ながら7月から通行止になってしまいました。

琵琶橋を渡って100mほど南西にいったところにある信号をそのまま直進(といってもやや右寄り)すれば喜多院山門前に出ますが、やや左折をする道をいくと、今の川越の中心である川越駅のほうに抜けられる便利な道であったため、結構な交通量がありました。国道254号も、ほんのちょっと前ではありますが、東松山のほうからやってくると、小仙波交差点で、新琵琶橋方向に右折するレーンに加え、琵琶橋方向に右折するレーンも設けられたくらいです。

琵琶橋の通行止に伴い、この右折レーンも閉鎖されてしまいましたが。

2 通行止の原因、橋の老朽化でいつ崩れるかわからないため、ということだそうですが、昭和10

年(1935年)に竣工ということで、以前に紹介した、川越景観百選にもはいている、川でなく切り通しにかかる富士見橋(富士見町・仙波町二丁目・仙波町四丁目)が昭和11年竣工ですから、そのさらに1年前という歴史を持つ橋です。

3_2 もう少し近くに寄って改めて見てみると、

昔の記憶で定かでないですが、3番目の写真の左端に橋の欄干がありますが、この欄干の上にもう少し何かあったような。

他にも、よくよく見れば、確かにぼろぼろになっています。

そういうわけで、古い橋であるにもかかわらず、便利ということで相当の台数の車が毎日通っていましたから。

かくある私も東松山方面から帰ってくるときはこの橋を渡ってましたし。

喜多院には七不思議と言われる昔話があります。

喜多院の尊海僧正という方がお弟子さんを連れて出かけた帰りに道に迷い、小川のそばに出たけども橋がなくて渡れずにいました。

そこへ琵琶法師が現れ、持っていた琵琶を小川にかけて橋としてくれたので、尊海僧正一行は無事に小川を渡れて喜多院に帰れたそうです。

その後にその小川に橋がかけられ、仙波琵琶橋と呼ばれるようになった、ということで、恐らくこの琵琶橋の名前はこの昔話に由来するものでありましょう。

琵琶橋の復旧工事はどうも未定なようでありますが、昔話に由来し、戦前の建造物であり、川越駅方面への行き来にも便利な橋ですので、早々に改修工事をして、また再び以前のように使える橋にしてほしいですね。

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