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川越駅から川越街道につづく、プラタナス並木のバイパス【菅原町・富士見町】

せっかく菅原町が続いたので、もう一つです。

七福神めぐりで、川越駅から第一番の妙善寺に向かうと、たいていの場合に歩く道です。(1番目の写真参照。)

一見何の変哲もない駅のそばの市道です。

ちょっと時期がずれたので葉っぱが青々していますが、プラタナスの木が道路の両脇に植えられています。

歩道に街灯が建てられ、そこには「川越駅東口商店会」という看板が掲げられ、ここが商店街であることもうかがえます。

ただ、20~30年前からすると商店は激減しました。

今でも魚屋さんとガソリンスタンドとかが頑張ってますが、その昔は八百屋・洋品店・文房具店・電器屋・家具屋・産婦人科・薬屋・和菓子屋・生命保険会社の営業所・・・等々もありました。

ちょっとした買い物とかで利用していたのですが、人の流れとしてはこの道路を通るのはこの先の富士見町や岸町のほうに住んでいる人たちくらいで、やはり商店街としては新富町商店街(現・クレアモール)のほうに行ってしまったり、大型店舗とかにとられてしまったりですし、また商店を経営されている方々の高齢化や跡取り問題とかもあったのではないでしょうか、今ではすたれてしまっています。

この道路、川越駅前ビルのマイン(東武ストア)の裏口から南東に向かって伸び、仙波小学校の南西の角付近で川越街道に斜めに交わっています。

もともと川越駅から川越街道に抜ける道路は、川越駅東口から東へ向かい川越街道の現在の三番町の交差点より1つ南側の交差点までの道路だけだったようです。

そのうち車とかが発達するようになって、その道路だけでは混雑するということで、今回紹介した道路が川越駅から川越街道へのバイパスとして開通されたとのことです。

道路も街も、年を経るに従って、変化します。

この道路を、富士見町のほうから川越駅に向かって見たのが2番目の写真です。

正面にマインのビルがあるため、右方向に屈折し、丸広の裏通り(八幡通り)につながっています。

これが現在の姿なのですが。

マインのビルができる前はというと、地図をよく見て頂き、地図でこの道路に沿って定規をあててもらうと、マインの先の道路もこの道路の延長上にあるのがわかります。

川越駅東口の再開発の一環でこのマインのビルも作られたのだと思うのですが、このビルが作られる前まではこの道路は丸井(現・modi)のビルのところまでつながっていました。

マインのビルができたおかげで、富士見町のほうから川越駅に向かうとちょっとだけ遠回りになってしまいましたが、川越駅前にロータリーを作る都合であったり、人の流れからするとそのままとするより曲げて八幡通りとつなげたほうがよいという判断があったのでしょうね。

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コメント

いつも実家に帰るときに通る道です。
ずっとこういう道路だと思っていたのですが、ロータリーができた頃とは、意外と歴史が浅かったんですね。
子どもの頃に比べて、商店街が活気のないのが寂しいです。文具店は、よく行きましたからね(^-^)

投稿: yuza | 2008年1月30日 (水) 20時01分

yuza様
コメントありがとうございます。
道自体はそれなりの古さです。(おそらくそれなりに自動車が増えてきた頃。)
富士見町のほうからやってきてマインの建物とぶつかって八幡通りに向けられた、というのが20年かそこらまえ、というところです。
道って、特にいまどきのはアスファルトに固められてますし、一度作ると家みたいに建て替える/作り変えるというのはないですから、歴史なんてよくわからないし、気にすることもあまりないですからね。
この道を通る、あの文具屋さんによく行った、ということは、私もそうだったので、結構近いところにお住まいだったような感じですね。

投稿: せんとらいと | 2008年2月 6日 (水) 22時46分

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