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万葉の遺跡・占肩の鹿見塚

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川越駅の南方にある新宿町(北)交差点はある意味交通の要所で、道路は川越街道(国道254号)と国道16号が交わり、更にその下で東武東上線とJR川越線(埼京線)が交わっています。

1番目の写真は新宿町交差点にある歩道橋の上から北のほうを写しています。

真ん中を突っ切る線路がJR川越線、右のほうを通っているのが東武東上線です。

川越の市街地は台地の上にあるため、東武東上線は池袋方面からやってくると新河岸駅を過ぎたあたりからゆるやかな上り坂となり、低地部分では土手を設けてその上を走り、新宿町(北)交差点付近(川越街道の烏頭坂の上あたり)で台地部分に入ってくると台地を削った切り通しを抜け、川越駅に至ります。

 2_11この東武東上線の切り通しは大正3年に作られたそうなのですが、その際この地にあった古墳(塚)が壊されてしまいました。

このあたりには前に紹介した父塚(仙波愛宕神社)・母塚(富士浅間神社)をはじめとした古墳群が形成されており、その1つであった”占肩の鹿見塚(うらかたのししみづか)”です。

古代の歌集で万葉集というのがありますが、この巻十四に「武蔵野に占へ肩灼きまでにも告らぬ君が名うらに出にけり」という歌があるそうです。

古代の人は何かあると鹿の肩の骨を焼いて吉凶を占ったそうですが、万葉集の歌はその時の様子を読んだ歌であり、その場所がこの占肩の鹿見塚だと言われています。

このような謂れのある塚ではあったのですが、残念ながら東武東上線の開通のために壊され、また鉄道用地内ということもあって現在ではその場所に立ち入ることもできないため、すぐそばにある前回紹介した母塚・富士浅間神社の境内に遺跡を示す碑が建立されています。

7月13日の富士浅間神社のお祭りである初山、それだけに限らず富士浅間神社にお越しの際には、社殿に向かう階段と富士見町自治会館の間に占肩の鹿見塚の碑がありますので見て下さい。

(ちなみに左隣りにあるやや小さめの碑は、仙波村史が書かれています。)

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